昭和47年5月18日 月次祭
中村良一
申し上げても、申し上げても、えー、足りない。そういう、んー、思いで、えー、おかげを頂いておりました、あー、二十数年前の、んー、から、今日まで、それが、いよいよ、本当の意味において、お礼を申し上げても、お礼を申し上げても、お礼が足りませんと。それが、まあ、いうなら、私の、ここ、幾十年間の信心だと思います。すと、皆さん、本当に、これば貰わなければね、お礼が言えないのです。可笑しいですよね。ね。自分の思いが叶わなければ、お礼を申し上げられない、それは、ね。なんなん様だって同じこと。金光様のご信心はね。もう、現在、その身そのままが、もう、有り難うして、有り難うして、お礼の申し上げようがない。何ぼお礼を申し上げても、お礼が足りないという状態にならせて頂くという事が、あー、御道の信心です。今日、午後の奉仕のときに、えー、福岡の高橋さんのお父さん達一行が、お礼参拝をして見えられました。欧州旅行をしておられます。この頃から、アメリカへ行っておられます。見学旅行です、ね。今度もやはり、欧州のほうを、二週間ですかね、に渡って回って見えられた。もう、とにかく、日本が一番良かです、とこう言われる。もう、第一ね、この、春夏秋冬のこの、四季があるということ。しかもそれが、その、偏らずに、もう季候といい、まあ、結局、うー、九州のですか、寿司組合の組合長をなさっておられるのですかね。えー、福寿会の会長をなさっておられます。ですからその、味の事にかけては、あー、もう、それこそ、おー、舌先三寸承り処というぐらいに、その、おー、味のことが分かられる方なんですね。ですから、アメリカへ行っても、おー、今度、廻られたところに致しましてもです。味も、日本の味には勝ちませんち。と言う、まあ、日本礼賛ですね。そらまあ、自分の生まれたところが、一番誰でもいいのですけれども、まあ、ひいき目ではない見方をさせていただきましても、その四季が平等にあるという事だけでも、日本という国は素晴らしい国柄であるという事ですね。時候、ね。それから、第一もう、水が美味しいところ。もう他所、あちらでは、水を飲むという事が、なかなか出来ない。代わりにビールを飲まなんち。ね。私共ごたる、ずっと水を飲まんならん者は、とてもあちらでは生活出来ないだろうと思われるぐらい。いえ、あるにはあるのでしょうけれども、日本の水のように美味しくないという事。そういう有難い風土、日本に住まわせて頂いておるという事だけでもです。実を言うたら、お礼を申し上げても、お礼を申し上げても足りないのです。ね。まして、雨露しのがせて頂いておるという事。その日、その日、例えば、腹いっぱいのものが頂けておるという事。おかげで、目が見えておること、手足が動いておるという事。もう、どのひとことだって、もう、お礼を申し上げても、お礼を申し上げても、申し上げ尽くすことが出来ないほどに、有難いおかげを頂いておるのですけれども、それをおかげと実感しきらない。私の、二十数年前、えー、の事を思わせて頂いてもです。例えば、今日のお祭り等、頂かせていただいておりますと、今日は、まあだ、盛り残しが沢山あるんですよ、お祭りに。もう、大盛台、四台出して、もう、はっは、ね。しかも、今日その、欧州から帰られたお土産、まあ、世界一の銘酒と言われる銘酒を今日、下げて見えられました。ね。こちらのお神様にお供えしたいと、と、ありとあらゆるものが、御神前に、それこそ、うず高く積み重ねられて、しかもこれは、どういう事なのかというと、もう、とにかく、大坪総一郎にやりたいばっかりなのです、神様。私は、そんなに頂ききりませんち。とても、そげんもう、と言うてもです。もう、それこそ、いやが上に、ね。誰に見せたと紅金付けた、ね。というようにせん。もう、誰にやろうとて、これだけのものは積めるかと、お前の信心修行に対して、これは、神は、ね。喜んで下さるのだと。二十数年前に、いー、丁度、まあ、その時分は、集金に行くことなども差し止めでございましたから、もう、とにかく、うー、難儀魂魄(なんぎこんぱく)の時代ででありました。えー、確か三千円か、あー、とにかく、まあ、五千円足らずの金が入ってまいりました。それでその日は丁度、お月次祭の日に当たっておりましたから、えー、その事を神様にお願いさせて頂きましたら、その千五百円だけを、おー、今日はお供え物を買いに。あの時分はそれで、勿論小さい三宝ですからね。お三宝、小さい三宝が三台しか並ばない、小さい、いー、八足に、六台のお三宝が乗せられております。お神酒錫でも、こんなに小さい。ですから、特級酒を二合壜を一本買いますと、おー、お神酒錫だけではなくて余るくらいにある。神様はもう、とにかく、あれを買えこれを買えと仰るのは、もう、何時も最高のものであった。魚屋に参りましたら、蟹がこう、今、手に取り出したばっかりの、糠から出したばかりの蟹が、こう這いよる。もう、こっちのほうには、もう動かないのがおる。こらもう死んでるわけです。半分値段です。だから、私は、それを買おうと思うたら、神様は、こちらば二匹買うより、これを一匹の方がええと。それからそれを買わせていただいた。青魚は、その時はもう見事な、これくらいばっかりのカツオでした。鯛も小さいけれども、生きの良いのを一匹。と、千五百円の金が足りなくなった。で、神様にお願いさせて頂いたら、んー、また取りに帰れと。もう、長浜町から、あの市場はもう側でございましたからね。それから、また帰って、もう家内はもう、千五百円貰ったと思うちから、もう、こう喜びよるとへ、うっは、「それを、まいっちょ、お供えに足らんやったから、今やったとば返せ」と。「あー、ほんなもう、ちょいと持たせて貰うたばっかりでしたね」というてから、また出してくれました。それからまたそれで、色々と、果物やら、高級なお野菜やら買わせていただいて、まあ、どうやら、お三宝六台出来ましたから、それを神様へお供えさせていただいた。それから、あー、その時、お月次祭に、あれ、四、五名ぐらいお参りがありよりました。家のもんと、四、五名、ま、四、五名入りゃもう、あー、四畳半の板の間で、畳も敷いてないところですから、もう、一杯なるんです。それから、あー、御祈念をさせて頂いて、もう、とにかく、もう生き生きとした魚がお供えしてあるし、えー、あわびにサザエ、その上に、蟹がこうやってその、生きた動きよるとがお供えしてある。もう、なんとも言えん有難い思いでお祭りを仕え終わらせていただいて、御理解終わらせていただいたら、その、五人の方達に、一つづつ、一台づつ下がった。これは、魚はお宅がお持ち帰りなさい。もう家内が、今日はお魚が頂かれると思いよったらしいですけれどもね、結局、思いをかけておった三宝は全部人に下がってしまった。ね。まあ、そういう事はもう、本当に後にも先にも一遍でした。そういう買わせて頂いて、その、そういう、まあ、思いを込めさせて、普通のお月次祭にはもう、それこそ、おー、漬物がお三宝一台、それももう、うわさき、後先は腐っとるというようなのを、中だけ良いとこを切ってから、ニラが一台、塩が一台、お神酒錫なんかは、勿論、お水である。ね。そういう、例えば、時代でありましてもです。もう、確かに有り難うして、有り難うして、お礼を申し上げても、お礼を申し上げても足りない思いがしよったんです。(感動一杯で)こら、事実だったんです。あるときなんか、大きな唐芋が三宝一台、三宝一台と言うても、まあ、三つか、四つぐらいしか、一台にね。だから今日は子供達に、唐芋をこら焼いたり、蒸したりしてやられるぞと。まあ、私も、やっぱ、あーその、人の子の親ですから、そんなことを思うんですよ。そしたら、丁度、隣の部屋を貸しとる石橋さんというところから、あの、お参りしてきなさった。そしたら神様が、その唐芋をみんな下げ、そこの石橋の家に下げてしまえておる。だから、私が、お願いした。神様、一つで良いですから、あー、あの、うちの子供たちにやってくださいというお願いをさせて頂いたらね。もう、先にやっといたと仰った。聞いたら、石橋さんところ、うちの子供たちに、えー、その、あちらのふかした芋をいただいとったらしい。もう、先にやっとったというようなね。もうその、唐芋一つがままにならないという時代でありましたけれども、その神様の働きには、もう、感激しなければおられないほどしのおかげを頂いておった。私がお話をすると、本当に大坪さん、そげん有難かっですかというほどしであった。それが、ほんなら、どうして、そういう、有難いという事になっておったのだろうかと、その時分に。ね。言うならば、食べることに食がない、いー、着物は、もう、私は、夏も冬もなしに、いー、着物、夏服一枚。まだ残っておりますけれども、丁度、愛子がまあだ、三つ、四つだったでしょうか、あの人に家内が、あー、引揚者にボロのようなものが下がってくるんですね、配給で。で、それをこう継ぎ合わせましてから、えんじ色にこう染めて、丁度、お芝居に出てくる、辻占売りの娘のような着物を着せて、その着物が、まあだ残っております。そういう時に、どうして、こげな貧乏せんならんだろうかと。どうしてこいう不自由な生活をしなければならんのだろうかというような思いはもう、さらさらなかったです。それは、どこから、そのようなものが湧いてきておったのだろうか。どこから、そういう心が頂けとったのだろうかと、私は思います。
今朝から、お夢の中に、(そふきがて?)、合楽の楽という字の上のほうだけ、木という字を取ったのを頂くんです、お夢の中に。それと、なんかいね白、ね。それに白にこう、糸偏がこう、の、点々のないのが、ですね。白。白という事は、言うならば、何にもないという事。白紙という事。ね。今朝からの、御理解に、「わが身はわが身ならず、みな神の身と思い知れよ」と仰るが、自分のこの、おー、命、この肉体。これも一切が神様の御身体であり、同時に、私のものと思うておる、物も金も、これ一切、神様の御物であり、神様のお金でありという頂き方が、実は、本当なのですけれども、いいえ、私が働いて、私が貯めたんだという、その観念がありますから、なかなかね。昔の方たちは純粋でしたよね。お説教いただいて、この神様は、神様が作られたもの、神様の命である。神様の御身体であると、聞かせていただくと、もう、この身体に、例えば、お灸をすえたり、鍼を打ったりするようなことは、勿体ないと言うておりました。ね。私共は、あの、すり、あの、こけてから、もういつまでどん終わっていましたが、もう、ばばは直ぐ、お土地を頂いて、生神金光大神天地金の神と唱えながら、その、私がこう、怪我したところに擦り付けてくれた。おかげを頂いた。ね。田舎では、やいとをすえていったような事がございます。けども、私共のババは、決してご信心を頂くようになってから此の方は、もう、やいとをすえませんでした。神様のお身体にこう、熱い思いをさせてり、傷を着けたりすることは、相すまん。いわゆる、わが身は、わが身ならずという事を、本当に、深い意味において分かってないけれども、ただ、聞いた話をそのままに、素直に聞いて、はー、そうかと言う気になっただけです。ね。ですから、さすがの、リュウマチも神経痛も、ね。やいともせずに、注射もせずにおかげ頂いておったという事実がある。ね。本当に、例えば、そら、何十万という金を、そげな事に使うてから、なーにもならんことにと、例えば、いうような事がありますよ。けれども、ふっと自分に返らせて頂く時に、いわゆる、信心に返らせて頂く時に、ほんなこと、自分の金でばしあるごとと思うからもう、その、出すことの有難いこと、出せることの有難いこと。もう、それに惜しげ、あしげがさらさら付かない。自分の金でばしあるごとと思うものですからね。また、それが事実なんです。それが事実の証拠にはです。ほんなら、出しても使うても、また、後にはカチッと入ってきておる。ね。ですからもう、そこに我情を言うたり、我欲を言うたり、いや、憎かことをする事もなーにも要らん。もう、本当、んー、せっかく集金があって、入ってきたとばといよったら、もう出さにゃん。もう、入ってきとったけん、有難かじゃないか。ね。ようよ、今握ったばっかりと思たら、もう出さにゃならん。ね。自分のものと思うから、もう、自分のものになったと思うから、惜しげが着く。神様の御物預かってるんだと、神様がこれをお使いになるのに、何が不思議不足があろうか。今朝からの御理解は、その、私が楽という字の上だけを頂いて、これに木をつけるときに、初めて楽になる。木は心である。心。私共が、願わせていただくのはです。もう、本当に、いつでも、どのような場合であっても、楽なという心。これは、えー、もう、二十四、五年も前でしたか、月参り、北野の荒巻先生と一緒にお参りをしたことがあった。あちらは、有名な写真の、おやっさんがおられますが、その方も同道でした。お広前に着かせていただいて、今日は、金光様をお写真に写させていただこうというのです。荒巻先生が、金光様に、その事をお願いになったんです。そしたら、金光様が、どう仰ったと思いますか。「はいはい、楽です。」と仰いました。もう、ほんなら、写してくださいと、ポーズをとられるわけでもない、だから楽だと。ただ、当たり前、もう、それこそ、常の御姿のままを、写させていただいた、その時の焼き増しの写真を今でも私は頂いております。「はいはい、楽です。」と仰った。なんという素晴らしい言葉だろうか。どんな事であっても、ね。わざわざね、っとこう、姿勢を、わざわざ作られない。ね。「はいはい、楽です。」ね。信心はその、本当に、本当の意味においての、楽になることのためのおかげなんです。それを、私共の信心次第では、いつでも、どのような場合でも、楽でなからなければならないのだけれども、我情があり、我欲があり、これが私のものだ、これが私の身体だと思うておるところに、楽でないのであります。ね。借金も神様の御物、ほんなら、身体もいっさいなら、苦しいその事も、神様の御物であるというような頂き方なんです。そこで、私は、今朝から、皆さんに申しますように、「楽は苦の種、苦は楽の種」ということわざがありますが、ね。それは、本当の楽ではないからだと。ね。みかんの種をまいて、柿の実がなるなんて事があろうはずがないのですよ、実際は。楽の種をまいたら、絶対、楽の芽が出て、楽の花が咲いて、そして、楽の実りがならなければ道理じゃないでしょう。ね。それはね、お互いが本当の楽ではないからです。本当の楽というのは、どういう事かと言うと、ね。自分というを虚しゅうした、自分を白にした。そして、神様につながったとき、ね。そこに、木をすえたときに初めて楽になるのです。あれが私のもの、これは私のもの、いや、自分の我情我欲で、ああしたい、こうしたいというのに、ああならないと、もうそこに、いらいらしたり、または、それが心配になったり。楽の反対のことになってくる。だから、今日は、皆さんに、私が朝申しましたが、現在、あなたが楽と感じておる。それが、あなたの信心の度合いである程度なんだ。もう、あの事が心配なって、心配なってたまらん。あの事が腹が立ってこたえん。もう、あれば見ると、見ただけでいらいらする。と、例えば、思うたりするならばね、こらもう、いよいよ修行不足ですから、いや、本当な事が分かってない証拠ですから、本当なことを分からせてもらう。信心するものは、肉眼をおいて心願をいただけと。心の目を開いて見らせてもらう時にです。それはね、もう、お礼を申し上げれる対象の以外には何にもない。私が、その、もう、言うならばです、食べるに食がない、着るのに着物がない。子供達に、それこそ、メリケン粉を薄めて、ズルチンを入れて、おやつ代わりにしておった時代のことを思う時にですよ。あれで、本当に、どこに、どこをし有難いかという時に、有り難うて、有り難うてお礼は、申し上げても、申し上げても尽きぬほどの有難いものを頂いておったという。そういうのは、私が楽であったという事なんです。ね。時々は、我情我欲が出て、ほんなら、唐芋いっちょ、私に下さい。いや、私は頂きません、子供のやるのですからと、いう時も、なかったじゃないけれども、ね。その時には、もう、そげなこつば言うちから、それよりかお前、先、ちゃんと子供にはやっとるぞと仰っていただくと、もうそれに、本当に、神様の御神意の深さにね。もう、感激をします。もう、それこそ、泣くまいと思うても、泣かなきゃおられんほどしの有難さであった。それが、今日まで、ずーっと続いてきておるだけではなくて、それが、いよいよ、有難い、勿体ない、それこそ、「水尽くし、魚尽くしになるまでは、離れられぬが神の心ぞ。」というようなお月次祭があったんです。どれもこれも、水ばっかりの、ね。水玉も、お神酒錫も、ね。お野菜といや、野菜屋から貰うてきたような、屑のようなお野菜のお供えをさせて頂いて、お月次祭を仕えた時代があったけれど、ね。こういう修行をさせるのも、もう、魚尽くしにね、してやりたいばっかりなんだと。神の思いが、そこに分からせてもらうときにね、とても、泣かずにはおられない。感泣しないとおられない。もう、どげな修行でもさせて頂こうという気になる。ね。その、有り難うして、有り難うして、お礼を申し上げても、申し上げても、申し尽きない、そういう信心が、今日まで、段々、段々続かせていただいて、ね。これほどしのお供えをさせていただき、まあだ、盛り残しが一杯ある。しかも、ほんなら、お酒なんか、今日は、裸にしてあったなり、あの、あれは全部、超特急のお酒ばっかりなんです。箱が大きいから、二本な乗らんのです。だから、裸にして乗せてある。ね。それこそ、世界の一番のお酒というお酒などがお供えがしてある。もう、本当に、世界各国から、ありとあらゆる珍しいものを集めてから、そして、これを誰にやりたいと思うてか、もう、大坪総一郎を喜ばしたいばっかりの、ね。もう、本当にね、あの、金光様の信心はね。そういう、有り難うならせて頂く稽古なんです。ね。それには、何時も、自分というものを虚しゅうする。自分を白紙にする。そこから、生まれてくるのが楽なのです。そういう、楽の種を蒔くのだから、楽の花が咲かずに、楽の実が実らんはずがない。普通一般で言う、楽というのはです。こら、こげん儲けだしよるが、一遍に、がばっとやられるこつはないじゃろかと、何時も不安が伴うておる。だから、そういう財産ども、残してならんて。ね。喜びの種を蒔いて、ね。楽の種を蒔いて、ね。そして、それが、楽の実になる、楽の花になり、楽の実りになり、喜びの実りにならせて頂くほどしのおかげを頂かせていただく道を、金光大神は教えておられるのでございます。ね。私が、有り難うして、有り難うしてち言うのは、ほんに、そら、親先生、これだけのお供えば貰いなさるなら、そやけんやっぱ、嬉かろち、皆さんが言うかも知れんけど、ね。いわゆる、水尽くしの時に、やはり、それであったという事がです。私の信心だと思うのでございます。